1.はじめに
古代の洞窟や土器に残る絵模様は、無機顔料を用いて描かれたものです。無機顔料が、長期の耐光性を持っている証です。
古くは手描きで行われてきた陶磁器やガラスへの絵付けですが、近年の絵付けは、スクリーン印刷を用いて大量印刷が行われています。しかし、製版の必要なアナログ印刷方式では、少数の印刷需要には応えられません。世の中は、ある程度豊かになり、個々の自己表現に対する欲求が増大しています。陶磁器やガラスへの絵付けも、いよいよ、デジタル印刷方式への移行が始まっています。本稿では、レーザープリンタと、インクジェットを用いた低価格システムをご紹介します。
2.従来技術の学習
これまでのスクリーン印刷を用いた技術は、その全てが、まったく利用価値が無くなるわけではありません。印刷部分以外は、伝統技術をそのまま活用します。ですから、先ずここで、スクリーン印刷技法を学習します。
スクリーン印刷
版の上にインクを乗せ、スキージ移動で、版のメッシュ開口部からインクを押し出す孔版印刷方式。色毎に製版が必要で、各色を重ね刷りして行く。
2-1 被印刷素材
高温の焼成温度に耐える陶磁器やガラスが被印刷素材になります。粘度、長石、珪石などを原料とする陶磁器は、成形乾燥後に焼成して製造されます。釉は、素焼き後の陶磁器に後からかけて本焼きする場合と、高温の締め焼き後に低温で釉焼きする場合があります。ガラスは珪砂にホウ砂やソーダ灰、石灰石などを加えて加熱溶融して作られます。 磁器と陶器の違いは、下記のウェブなどを参考にしてください。具体的な商品としては、建築用のタイルから、食器、花器、灰皿など、様々なものがあります。
磁器と陶器の違いは(土岐市サイトより)
http://www.city.toki.gifu.jp/wcore/hp/page000003500/hpg000003432.htm
食器への印刷
2-2 上絵具
上絵具は、金属酸化物や炭酸塩類などを用いた着色剤と、鉛ガラスを含んだフラックス(融剤 ) から成っています。スクリーン印刷のためには、スキージオイルと混合してインクとします。スキージオイルは、常温ではペースト状で、焼成時には炭化することなく気化し、着色剤とフラックスは被印刷素材と熔融します。
2-3 スキージオイル
上絵具との混合で、スクリーン印刷適性のあるインクが作られます。その多くがアクリル系樹脂から成る溶剤乾燥タイプです。高温焼き付けで気化する際に灰分を残さない樹脂が選ばれています。残留灰分が、発色に影響を与えることがあるからです。
上絵具とフラックスの混合は、十分に練り合わせる必要があります。粗い 絵具粒子は、均一に細かくしなければなりません。練り不足は、スクリーン版の目詰まりの原因になります。
2-4 水転写紙
水分の浸透性の良いベース紙に、水溶性の層を形成したものが水転写紙です。画像支持フィルム層を水溶性層の上にコーティングしたものと、フィルム層が無い水転写紙があります。水転写紙上にスクリーン印刷画像を形成した後、水中に沈めます。裏側から浸透してきた水が、水転写紙表側の水溶性層を溶かし、印刷画像がベース紙から離れます。この剥離した印刷画像が水中で分解するのを防ぐために、画像支持フィルムが付いています。フィルム層が無い水転写紙の場合は、何らかの方法で、印刷後に支持フィルム層を画像上側に形成する必要があります。
2-5 画像支持フィルム
画像支持フィルムが付いている水転写紙では、フィルム層の上に画像が形成されます。フィルム層が無い水転写紙で、画像の水中分解を防ぐためには、画像上側にスクリーン印刷や、スプレー塗布などの方法で支持フィルム層を形成します。これらの画像支持フィルムは、焼成時に気化します。この画像支持フィルム形成用の樹脂にフラックスを加えれておけば焼成時に釉層が形成されます。
2-6 スクリーン印刷版
型枠に張ったポリエステルやナイロン紗に感光材 を塗布後に、露光現像処理して製版します。印刷時には、紗の上にインキを載せてスキージで押し引き、インキを紗のメッシュ穴から下に押し出し、水転写紙に付けます。作業終了時は、版面をきれいに清掃する必要があります。インクなどが残れば、乾燥硬化してメッシュの目詰まりなどが起こるからです。印刷色毎に版が必要です。
2-7 スクリーン印刷機
手動のスクリーン印刷機であれば安価ですが、スキージングや紙送りなどの自動化機械は高価になります。自動機であっても、インキを用いるので熟練技術者が必要とされます。CMYK4色などの多色印刷の場合は、各色印刷毎に、位置合わせと乾燥工程が必要になります。未乾燥状態のインキの上に、次の色を重ねることはできません。
2-8 被印刷物への絵付け
印刷済水転写紙を水に浸します。水分が浸透した水転写紙を被印刷物上に載せます。支持フィルム層を押さえて、下側のベース紙を横に引き抜きます。被印刷物上に残った画像の付いた支持フィルム層の下の水と空気を、へらなどでしごいて押し出します。支持フィルム層が被印刷物上に密着したら、放置乾燥させます。ある程度乾燥後に焼成します。支持フィルム層の下に気泡が残っていた場合は、膨張して支持フィルム層にピンホール状の穴を開けることがあります。
2-9 焼成
一気に最終焼成温度に引き上げるのでなく、段階的にプログラムを設定して温度を上昇させることで、膨張空気に支持フィルム層が破られる現象を押さえることができます。最終焼成温度での保持時間は20-30分程度です。焼成温度は、イングレーズ絵付けの場合は1100-1200℃、上絵付けの場合は750-850℃程度です。ガラスは、500℃程度です。
3.スクリーン印刷に対する不満
上記のような手法で陶磁器やガラスへの絵付けが行われてきましたが、スクリーン印刷に問題が無いわけではありません、下記のような問題が挙げら、デジタル方式への移行が望まれています。
1)一色毎に製版が必要(多色印刷、少量ロットの印刷はコスト高になる)
2)乾燥性のインキを用いるので、熟練者が必要
3)インキから溶剤が蒸発するので、作業者の健康、及び環境汚染問題がある
4)各色毎の印刷作業を繰り返さなければならない
5)解像度が、スクリーン印刷版のメッシュで限定され 、精密印刷は不向き
6)リピートオーダーのためには、版を保管しなければならない(スペース要)
4.セラミックトナー印刷
4-1 開発者
ドイツのMediaKreativWerk-Groupは、 従来技術を用いて、20年以上陶磁器印刷を続けてきたグループ企業です。グループで経験を積んだのMichael Zimmer氏は、CMYK 4色トナー印刷手法を考案し、世界特許を取得しました。セラミックトナー印刷システムと関連資材を販売するMZ Toner Technologies社は、開発者の氏によって設立されました。現在は、陶器用、磁器用、ガラス用、イングレーズ絵付け用、安全性の高い食器用(鉛やカドミウム非含有)など、様々な種類のカラーセットをラインアップしています。当社はMZ社に出向して技術研修を受けて、同システムと資材の輸入販売を開始しました。
4-2 セラミックトナー印刷システムの概要
セラミックトナーは、微細なセラミック顔料粒子と、フラックスと、結合剤樹脂から作られます。下記のウェブにシステム概要をご紹介しています。スクリーン印刷方式でご紹介した利用可能な手法と、デジタル印刷方式の新しい手法を、ここで理解してください。プリンタは、レーザープリンタを使用します。
セラミックトナーシステム構成
レーザープリントの採用で、スクリーン印刷に対する不満は、下記のように、ことごとく解消されます。
1)PC上の画像をプリンタに送るだけで済む、無製版方式です。多色印刷、少量ロットの印刷に最適です。
2)プリンタにトナーを搭載します。印刷後の後片づけは不要です。熟練者は要りません。
3)トナーを用いた乾式印刷なので、健康・環境汚染問題がありません。
4)CMYK4色同時印刷です。
5)1200x1200dpiの高解像度印刷も可能です
6)無製版方式なので、リピートオーダーの出力も容易です。版の保管スペースは不要です。
レーザープリンタによる印刷
PC上の画像を画像プログラムからプリンタへ直接出力する。印刷用の製版は不要。提供されるiccプロファイルを適用すれば、作業者が代わっても同じ出力結果が得られる。
4-3 レーザープリンタで必要になるもの
レーザープリンタで必要になるものに、色修正用のプロファイルがあります。これは、 一般的なトナーの色材 である有機顔料と比較して、表現色領域がより狭く、CMYK各原色の色相がずれているセラミックトナーを用いて印刷した場合でも、可能な限り高い発色をさせよう、原稿の色合い近づかせようという目的のものです。
印刷物の色のずれは、顔料の差によるものだけではありません。プリンタ個体間でも、出力画像品質が異なるのはめずらしくありません。ですから、当社は、プリンタを販売する毎に、そのプリンタ用の色修正プロファイルを作製してご提供しています。
このプロファイルの適用することで、誰でも最良の印刷結果が繰り返し得られるようになります。熟練者が要らない大きな理由です。
iccプロファイルを適用した結果
レッドセットを用いて印刷した時の色です。色領域の制限される無機顔料ですが、ここまでの、赤色表現が出来ます。
マゼンタセットを用いて印刷した時の色です。マゼンタセットは赤色や黄色の鮮やかさは劣りますが、人肌の微妙な表現に向いています。
4-4 MZ社の工夫
1)ラミネートフィルム
画像支持フィルム層の無い水転写紙を使用する場合は、スクリーン印刷やスプレー塗布で、画像印刷済の水転写紙上に樹脂層を形成します。MZ社は、この目的で、スクリーン印刷用のカバーコート液と、ラミネートフィルムを用意しています。フラックス無しタイプと、フラックスを練り込んだタイプに分類されます。 フラックスを練り込んだタイプは、焼成後に気化して消滅するのでなく、釉層として画像の上に残ります。画像以外の部分に釉層を形成したくない場合は、カッティングプロッタで、このラミネートフィルムの余分な部分を取り除いてからラミネート加工を行います。
ラミネートフィルムは、小型ホットラミネータを用いて水転写紙上に貼り付け出来ます。スクリーン印刷やスプレー塗布などに求められる熟練は不要です。汚れるような作業は無く、オフィスのクリーンな環境を維持できます。
2)白ベース付き水転写紙
被印刷素材のひとつであるガラスは、透明な商品が多くあります。透明なガラスにCMYK画像を形成すると、濃度不足に感じることが多くあります。画像のバックに白色下地層があれば、この不満を軽減できます。この白色下地層付与目的で、白ベース付き水転写紙が用意されています。白ベース付き水転写紙の上にCMYK画像を印刷して転写すれば、ガラス素材の上に白色下地付き画像を形成できます。余白部の白地を除去するには、カッテティングプロッタが利用できます。
4-5 トナー転写システムでの限界
絵付けまでを含む陶磁器製の自分だけの作品を作る陶芸教室が全国規模で盛況になってきているようです。
これらの教室からの本システムへの引き合いが増えています。そのさまざまなご要望は、現状のシステムで対応ができる部分が多くあります。しかし、完全ではありません。その限界の一つが、 金色の表現です。トナー転写システムでの金色の表現は、CMYKの混色で作ります。グラデーションをうまく加えれば、金色の感じは出せます。
しかし、金色に見えるように色相を近づけるまでが限界です。セラミックトナーの金色は用意されていませんので、金雲母などを用いた、本物の金色表現はできません。
CMYKの混色の金色表現
金色の範囲の中にグラデーションを組み合わせて、擬似的に角度による濃度変化感を与えている。
5.当社が提案する金色デジタル印刷方法
同じ無製版のデジタル印刷方式に、レーザープリントがあります。当社は、インクジェットプリンタ用の接着剤インクをご用意しました。 金色に表現したい画像を、水転写紙の上に接着剤インクで印刷します。印刷後しばらく濡れて粘着力が保持されるので、柔らかな筆先に金雲母の粉を付け、画像の上に振り掛けます。画像の上以外の余白に落ちた粉は、エアスプレーなどで除去します。水転写の際の金雲母画像の保持を、スプレーなどで樹脂フィルム層を作るかラミネート貼りで行うのは、従来手法と同様です。プリンタは、2,3万円定価の市販のEPSONプリンタが利用できます。
金雲母粉による金色表現
インクジェットプリンタ用接着剤インクを印刷した水転写紙画像上に、金雲母粉を付着させて、水転写した金色。
6.接着剤インクの可能性
金雲母の粉だけでなく、粉末であれば接着剤インクに付着させられます。目的にあった粉を選択すれば、いろいろな素材の膜を形成できるわけです。例えば、美しい青色で耐久性が大きいコバルトブルーや、特色の顔料粉です。企業の指定色の粉を用意すれば、印刷や焼成環境の変化による色相の微妙なずれを小さな範囲に抑えるのに役立ちます。釉層になるガラス層を、全面でなく模様の上だけ釉層になるガラス層を、全面でなく模様の上だけ付着させて、光沢差による模様を画像に加える手法も考えられます。
単なる画像表現のための色素付着だけでなく、耐摩耗性向上のための特殊な高硬度膜形成と言う目的も考えられます。砂塵などが無い屋内で使用する床用タイルなら、通常の釉層を被せるだけで十分な耐久性があります。しかし屋外用途となると異なります。砂塵などでこすり続ける過酷な条件下では、釉層を構成するガラス膜層は短期間で摩耗してしまいます。ダイヤモンド、炭化ケイ素の次に硬いアルミナ層を、印刷した画像が隠れない程度に表面に分散させて形成すれば、屋外の通路での使用も可能になります。
7.インクジェットプリンタを用いたセラミック顔料印刷
では、インクジェットプリンタを用いたセラミック顔料印刷の可能性はどうでしょうか?市場には既に、インクジェットプリンタを用いたセラミック顔料印刷システムも登場してます。転写でなく、直接印刷システムもあります。しかし、インクジェットシステムは、大型で高価になるようです。一千万円を超えるシステムも珍しくありません。経験的に言えば、重いセラミック顔料を、水のような粘度のインクに長期間浮遊させておくのは難しく思えます。安定性の面でも、少なくとも現在は、レーザープリンタシステムに分があると言えるのではないでしょうか。
8.おわりに
二年以上前に展示会で紹介を始めた技術ですが、本システムに対する引き合いが、今年に入ってから急増しています。従来のデジタル印刷商品が非実用的な装飾品、短期の記念品レベルにとどまっていたのに対して、長期の耐久商品が出来るシステムだからでしょう。堰を切ったように、建築用タイル、床材、ポーセラーツ、陶板への複製絵画、表札、人工大理石、等々、広範囲な商品への検討が始まっています。表現色領域が限定される無機顔料ですが、当社の持つカラーマネジメント力を駆使して作成したプロファイルを活用した出力結果には、多くの驚きの声をいただいています。MZ社の保有する技術に頼るだけでなく、デジタル印刷業界での当社の豊富な経験を生かして、品質、コスト、作業手法の改善、開発を続けて行きます。